蜥蜴(とかげ)に咬まれた少年

画寸 60 x 47 cm 〈原画同比率〉

油絵用キャンバスに 【高精細デジタルプリント】 した高品質な複製画です。
複製に使用するマスター画像はこの作品を所蔵している美術館、または版権所有者からの最高品位のものです。
耐光性に優れた顔料インクを使用しています。

蜥蜴(とかげ)に咬まれた少年

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55,000円 (税込) 132,204円 (税込)

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1594-95年頃 キャンバスに油彩 オリジナル・サイズ:66 x 49.5 cm イギリス、ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵


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※ この作品にはエルミタージュ・ゴールドをお薦めします。


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エルミタージュ・ゴールド オルセー・ゴールド インプレッション・ゴールド クラシック・ゴールド バロック・ゴールド
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モマ・ブラック

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モマ・ブラック モマ・ゴールド パレス・ホワイト シャトー・ブラン ウフィッツィ・ブラック
ユーロ・ブラウン
《ライト》
ユーロ・ブラウン
《ダーク》
ユーロ・ブラウン《ライト》 ユーロ・ブラウン《ダーク》

ミケランジェロ・メリージ(1573年9月28日 - 1610年7月18日)

”カラヴァッジョ”は通称なのだがこちらの方が有名な為、通常こう呼ばれる。彼の一家はミラノ近郊のカラヴァッジオという村の住人で、彼自身も幼少から青年期をそこで過ごした為この通称となった。少年期に後期マニエリスム様式の画家の工房に師事し、20歳頃までこの村の工房で暮らしていた。
その後、カラヴァッジオはローマに移り、画業を始める。彼の描いた革新的な宗教画は教会において物議を醸したが、裕福な人々は彼の作品の劇的な構成力を評価し、独創性を認めた。艶のある画風が時には同性愛者に彼の作品を求めさせる事もあった。
カラヴァッジオは『聖母の死』、『聖マタイの殉教』など数多くの宗教画を描いたがその特徴は画面の明暗の差が激しい宗教画としては極めてドラマチックな作風にある。また人物モデルに当時のフィレンツェの市井の人々を起用し、目に見えるものを見たまま画布に細密に描くという徹底したリアリズム表現を行った。彼はデッサンや習作を描くという事を殆どしなかったとみられ、現存していない。 また制作にあたって彼は意図する構図どうりにモデルを配置し、現在の写真や映画撮影の様にレフ板の様な物で強烈な光を当てて、描いていたと推測される。

彼は数多くの逸話を残している。 例えば『聖母の死』では、注文主の教会が「聖母マリアの昇天」というテーマで描く様依頼したにもかかわらず、単なる横たわる女の骸として生々しく描いている。一説によると、自ら身を投げた女の死体をモデルに克明に描いたと言われている。その為、事実を知った教会は祭壇を飾る絵として相応しくないという理由で受け取りを拒否する。しかし、画面に描かれたマリアの周りの人々の繊細な表情やもう1つの主役の強烈な光と陰は、大切な人を失った人間の悲しみを劇的なまでに強調している。
画家としての評価が高まる一方、非難されるべき犯罪を引き起こしている。 彼は激情型の性格の持ち主で、アトリエを離れれば腰に剣を提げ、酒場でしばしば騒動を引き起こした。 喧嘩は日常茶飯事で、逮捕された事も1度や2度ではなかった。挙げ句の果てに1606年にはとうとう球技の試合中に些細なトラブルから知人を刺し殺してしまい、ローマを追放される身となった。
当時スペインの飛地であったナポリへ移るが名声は衰えず、増え続ける製作依頼に追われていた。しかしその数カ月後には、さしたる理由もなくマルタ島へ放浪。マルタ島で幾つかの油彩を制作するが、ここでも暴力沙汰を起こして投獄される。脱獄に成功した彼はシチリアへ逃れ、聖堂から複数の制作依頼を受けている。
ローマへ戻る許しを求め続けていたカラヴァッジオの元へ、ローマ教皇の特赦状を携えた使者が向かっていたが、彼はこれを受け取る前に腸チフスに倒れた。そして2度とローマの地を踏む事なく、1610年、劇的な生涯の幕を閉じた。

1986年にはイギリスの映画監督デレク・ジャーマンが彼の生涯や創作スタイルを描いた映画、『カラヴァッジオ_(映画)』を制作。ベルリン映画祭で銀熊賞を受賞した事もあり、カラヴァッジオことミケランジェロ・メリージの絵画を多くの人が知るきっかけとなった。同世代や続く世代の画家たちに、彼がもたらした革新が与えた影響を無視する事はできないだろう。彼の忠実な写実主義、モデルの選択、明暗表現、彼独自の静物画の豊かな通路を示した“闇の様式”、彼の色彩に対する眼などは、カラヴァッジオ作品の特徴である。

続く世代においてカラヴァッジオの強い影響が少なくなかった事は、イタリアに一時滞在した際に彼の作品を見たと思われるルーベンス、フェルメール、レンブラントそしてベラスケスへ与えた影響において辿る事ができる。
現代画家のノルウェー人のオッド・ネルドルはカラヴァッジオの作品を模倣し、現代風にしようと試みている。おそらく西洋の基準の中でジョットやマサッチョを除いては、生きた世代を超えて影響力を与えた者は彼以外にはいないであろう。
イタリアがユーロを使用する様になるまでカラバッジョはイタリアの10万リラ紙幣に肖像が採用されていた。この際には「人殺しを紙幣の顔に採用するとは!」と一部から批判の声があがった。しかし、画家として業績や時代背景などを考慮して採用される事になった。
(ウィキペディア)

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